気ままな車内泊一人旅

観光地や出会った素敵な風景を紹介しています。

筑紫郡那珂川町の一の井手

地元を車で走ってると、

一の井手の遺構が水面からぽっかりと

顔を覗かせてました。

久しぶりに見たので撮ってきました。

この時期は、大雨で水かさが増え、

DSCF1652.jpg
水門を開けて水位を調整してました。

DSCF1646.jpg
これが、取水口付近に残る井手の遺構です。

DSCF1648.jpg
アップで・・・。

DSCF1650.jpg
更にアップで・・・。

一部分だけを残してるようです。

私のおぼろげな記憶では、

DSCF1654.jpg
(改修前の一の井手)「取水口近くにある案内板より引用」

今でも那珂川の水量が少ない時には、
部分的にその姿を確認することができます。

なかがわの文化財散策ルートの一つです。

現在に活きる古代の人口水路

裂田溝~裂田溝と一の井手~

 裂田溝はこの山田地区から安徳・仲を経て今光にいたる総延長約5kmに及ぶ古代の人口水路です。
ここは那珂川から水を引くための取水口で、地元では「唐戸」と呼ばれています。
取水口を通った水は足元をくぐり裂田溝へ流れており、ここを始点として、本町を代表する文化財である
長大な古代水路が始まります。

 裂田溝に取水するために築かれた井堰は「一の井手」といい、現在は後ろに見えるかたちに改修されていますが、
江戸時代の書物「筑前国続風土記」によると「筑前国最大の大井手」と記されています。

いつ頃造られたのかわかっていませんが、昭和24年の大水害で「正徳四年」(1714年)の文字が刻まれた
水門が発見されています。
改修前の井手は、川に対して斜めに築くことで取水口に土砂が堆積しにくい優れた構造になっており、
その一部は今も川底に眠り続けているため、水位が下がると所々にその名残を見せてくれます。

 裂田溝が造られた時点でどのような井堰があったのかはわかりませんが、取水するために何らかの施設が
造られたことは間違いありません。当初の井堰は、一体どのようなものだったのでしょうか。

こんな感じでした。

DSCF1655.jpg
上空から見た改修前の一の井手(昭和60年頃))「取水口近くにある案内板より引用」

川に対して斜めに築かれている様子がわかります。
平時は取水口に水を溜めて取水に必要な水位を確保し、
洪水時は水をオーバーフローさせ余分な水量を下流に
流していました。

DSCF1657.jpg
取水口より裂田の溝

裂田溝コースを散策(その1)

那珂川町 裂田溝ライトアップ 2015

裂田の溝は、途中で紹介が終わってました。

いつか、続きの「裂田の溝」を紹介しなければ、

いけないと思ってます。







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  1. 2016/09/19(月) 21:53:47|
  2. 文化史跡など
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